原因としてはドーパミンにあるらしい夏の終わりの切なさ

何事にも始まりがあれば当然、終わりがある。それは分かっちゃいるけど受け入れがたいのが、この夏の終わり。
ひと夏の終わりほど切なさが大きい季節はない。夏休みに恋にお祭り、打ち上げ花火、海やプールにキャンプと、夏は何かとイベントシーズン。だからそんなイベントのいちいちが待ち受けている、入りたての夏のとき、まだ夏の玄関口にいるときはキャッキャしているわけで。
これに対し、イベントがひとつずつお祭りの屋台が畳まれていくように終わっていくごとに「ああ〜・・・」ってなって、脳内快楽物質ドーパミンが減ることが切なさの要因らしい。
でも、本当にそうだろうか。確かに夏がイベント期であることは分かる。ドーパミンだって普通に減るだろう。心が躍るような楽しいひとときが終わってしまったのだから。でもそれ以上に、せつないのは毎夏あのときあの瞬間というのがもう二度と戻れない、貴重なものだとよく分かっているから、っていうのが根本的な原因なように思う。だからこそ、夏の終わりになってもうあのときあの瞬間には戻れないよの現実を、秋めいた気配なり何らかの形でそのせつない現実を押し付けられるように示されたとき、きっと人はいやおうなしにせつなさを覚えるのだろう。私ももろにそのうちの一人。
蝉しぐれがぱったりなくなるやいなや、入れ代わり立ち代わり帯びてくる秋の気配。怖さを感じるぐらい、せつない夏の終わり。私も夏の終わりってある意味冬の寒さより苦手かも(笑)。それぐらい、大好きで尊い夏なのよね。ミュゼ 価格